【徒然シリーズ】けんさむのちょっと小話「Yさん」
- 2017.12.14
- 小ネタ集

前職時代、チーム内に30代の女性社員Yさんがいた。
Yさんはおっとりした性格で、決して仕事のスピードが早いとか、成績がずば抜けているようなタイプではないが、いつもチームに必要なものを先回りしては率先して準備してくれる、いわば「縁の下の力持ち」のメンバーであった。いつも笑顔で人あたりも良く、みんなから慕われていた。
そんなYさんの特長の1つに、「お菓子づくりが得意」という点がある。
Yさんは定期的にお菓子を作ってきては、メンバーに配ってくれる心優しいお姉さんの一面を持ち合わせていた。しかも、Yさんの作るお菓子は美味い。
クッキーやスコーンなどの焼き菓子を中心に作ってきてくれるのだが、文句なしにウマイのだ。それ故にYさんも気を良くしてか、いつも大量に作って持ってきてくれていた。
さて、私たちの部署は定期的にフットサルの大会に出場をしていた。
出場するのはおじさんたちが週末のお遊び程度で嗜む「初心者向け」の大会なのだが、ろくに集まって練習をするわけでもないので、ぶっつけ本番の体力だけで勝負するドMたちの大会だ。
そして、この日の大会にはYさんも応援に駆けつけていた。
大会は午前から始まり、休憩を挟んで午後まで続く長丁場の戦いだ。
午前の部を終えての戦績は記憶が定かではないが、とにかく午前中で既にほとんどのメンバーがヘロヘロだったことだけは記憶している。勢いがあるのはせいぜい最初の2試合くらいで、その後はみんな交代しながらなんとか繋いでいるような状態だった。そして昼休憩の時間がやってきた。
休憩時にはYさんも加わりみんなで談笑をしていたのだが、Yさんはこの日も差し入れを持ってきてくれていた。
もちろん「スコーン」だ。
まさかとは思ったが、やはりYさんの手に持つ袋からはスコーンが出てきた。
たしかにYさんの作るスコーンはウマイし私も好きだ。しかし、どう考えたってスコーンを食べるタイミングは今ではない。悪夢だと思った。
ただでさえ猛暑の中、普段は飲まないようなスポーツドリンクを何本も買って、それを頼りにこの消耗戦を乗り切ろうとしているのに、スコーンなんて食べた日には口の中の砂漠化は避けられないことは火を見るより明らかである。
どうしてバナナじゃない?どうしてもっと乾きを満たしてくれない?
もしかすると今日だけは特別仕様、新発売の潤いたっぷりモイストスコーンなのかもしれないという淡い期待をいだきながら口に含んだものの、やはりいつものYさんのスコーンだった。
Yさんのクラシックスタイルスコーンである。
この日ばかりは岩のようにトッピングされたチョコレートすらも憎たらしかった。
全ての試合を終えての順位は地味すぎて記憶を辿ることができないが、とにかく私にはYさんのスコーンだけが今もなお鮮明に残っている。
Yさんはその日も変わらない笑顔で素敵な女性だった。
ひさしぶりにYさんのスコーンが食べたくなった。